6月 27
Flickr の新しい Photo ページを触っていたらパンダ登場。
可愛かったので皆様にも共有しておきます。新しい Photo ページを開いたら “The new Flickr photo page. Bigger. Faster. More Flickr-er.” の部分の一番,右端のボタンにマウスカーソルを合わせると出てきます。是非,御試しあれ。
それにしてもまたデカイな,パンダ君。
6月 02
秀逸だったので御紹介。ベン図の重なり合う部分のサンプルをうまく表現している。
“People with strong opinions on the distinction between Geeks and Nerds.”
“Geek と Nerd の弁別についての確固たる主張を持つ人々”
“geek” も “nerd” も有り体にいえば “オタク” と訳せる単語。最近では “geek” はコンピュータやネットワークの専門家を意味する肯定的な使い方をされるようになっている。個人的にはあまり弁別せずに使用している。
先日,Shimamune 先生と話していたときに出た結論は “自らを Geek と名乗る Nerd が多いよね” というもの。この用法からすると “nerd” の方が印象の良くない単語なのかも。
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xkcd: Geeks and Nerds
http://xkcd.com/747/
6月 12
探してみたら,やっぱりあった。1/1ガンダムの動画。
水曜日に見てからずっと気になっていたのです。カトキ リファインのRX-78-2かな。ボディのあちこちに”CAUTION”ってデカールが貼ってあるのが見て取れる。動画は下半身だけだけれど,★が見たときはもう上半身も組み上がっていた。
やはり,自分のカメラで撮りに行かなくては。
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トップページ|GREEN TOKYO ガンダムプロジェクト
http://www.greentokyo-gundam.jp/
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動画で見るお台場ガンダム建設風景 – webdog
http://webdog.be/archives/09608_232147.ph
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YouTube – 1/1 scale GUNDAM under construction in Tokyo お台場ガンダム建造風景
http://www.youtube.com/watch?v=59Ew92deZZA&eurl=http%3A%2F%2Fwebdog%2Ebe%2Farchives%2F09612%5F002032%2Ephp&feature=player_embedded
5月 11
iPhone必携Appの”Memory Status “の画面。
Peaceマークに見えたので,ついつい保存。
だいぶ使っているのだけれど,この1回だけしか観測できていない。ちょっと幸福な感じ。とても使い易く,また,使う価値のあるAppのひとつなので,是非ともどうぞ。
願わくば,世界がもっと平和でありますように……
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Memory Status (クリックするとiTunesが起動します)
http://itunes.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewSoftware?id=292011358&mt=8
8月 25
飲み会の日程を間違えて店まで行ってしまった。前日に間違ったから良いものの,あまりの呆けぶりに閉口。夏休みとはいえスケジュール管理が杜撰過ぎる。反省。来週からは2学期が始まるのでそろそろ準備をしなくては。 話は変わるけれど(いつも急激),以下の動画を観て欲しい。
そう。彼女は“Emily”。CGだ。人間ではない。これには結構,驚いた。★はCGに関しては目が肥えている。逆に,人間関係や生地や常識とかは駄目だ。ほとんどのCGは“ああ,ココがCGね”と解る。けれど,“Emily”は“オカシイな”とは思っても“CGね”とは思わなかった。だいぶ,技術が上がってきたようだ。
University of Southern California の“
Institute for Creative Technologies ”が開発した実写画面を元にしたCG技術“Image Metrics”を用いたCG。モーションキャプチャと“Image Metrics”を併用したらしいので,筋肉の動きはキャプチャデータに依存しているとしても,テクスチャの技術は向上しているなぁ,と関心。動画の解像度もそれを助けている。HVならあっさりと見破れたりして。Skypeで会話している相手が“Emily”だったら,絶対に気付かないだろう。
こういうCGを観ると子どもの頃に読んだ小説を思い出す(タイトルは思い出せない)。CGが光学迷彩として登場するSF物だ。CGの女優が主人公の映画なんかもあったような――そうそうCGアイドルなんてのもあった。いずれもCGはリアルと対比させられる“虚構”として考えられている。
これだけCGが進歩してくると,遠くない未来に映像の信憑性を疑わなければならない時が来るかもしれない。ウチの母などは既にCGの弁別ができないので,かなり疑っている様子だ。偶に,怪しい映像は確認されるし,実写だと信じていたのにと腹を立てていたりする。
しかし,CGを現実に近付けようという研鑽はあまり面白くない。CGが現実と寸分違わぬ映像を構築できたとしても価値があるとは思えないからだ。それこそ兵器にしか使えないと思う。
もう少し解り易く。例えば,絵画について考えてみよう。ほとんどの人は写実的な絵画を見ると上手い絵だと言う。まるで本物のようだと。しかし,絵画の価値が写実性だけにないことは明白である。現実と“同じ”であることが価値ではない。
絵画だからできる表現技法(つまり,現実的にはありえない描写)による芸術性は認められている。単純に現実と同じ像を保存したいのなら写真の方が効率的だ。Goghの描いた“ひまわり”は美しいけれど,Goghが“ひまわり”を描くのに用いたの“ひまわり写真”があったとして,それは美しいだろうか。
さらに映像に話を進めよう。最近ではHVと呼ばれる高精彩映像が撮れるようになったが,それでも実際に眼球を通して見る像と同じではない。むしろ,最近のHVカメラだと人間には見えない映像を撮ることができる。コマ数は圧倒的に映像の方が低い。現実に近いという価値はあまりないように思う。記録としては面白いが,どのような記録も加工が可能である点で完全ではない。
どうもCGは現実と見紛う方が凄いという思い込みがあるような気がする。確かに凄い点がないとは思わないが,だからなんだと思ってしまう。その思い込みの根底には“現実”に対する信仰のようなものがあるような気がする。
CGにしろ,ゲームにしろ,インターネットにしろ全て実現象だ。現実との違いは何か?単に物理的な接触がないことを批判するのは見当違いだと思う。目の前にない現実について考えることができる能力は人間の最も優れた能力のひとつだ。
ここ10年くらいで聞かれるようになった“現実と空想の区別がつかない”といった言説には呆れてしまう。現実と空想が区別できているなら,なかなかできない言説である。きっと新しい世界を認識していないだけだと思う。見たいモノを見るのは個人の自由だけれど,見たくないモノも見ることこそが現実だと思うのだが如何か。
5月 13
昨日に引き続き寒い。朝,家を出るときに雨がぱらついただけで,どんよりとした曇り空。風が冷たい。体調を崩さないよう,皆様,御自愛下さいませ。雨の予報だったので電車に乗ってきたが,これなら自転車に乗れたと思う。 最近,公私共々“Google ”に御世話になっている。今ではGoogleのない生活は考えられない(誇張ではなく)。普段,どのくらいGoogleのサービスを使っているかをリストアップしてみた。
14個のコンテンツを使っていた。先程の表現が誇張でないことが解る。これでも序の口だろう。★は飽く迄もライトユーザ。サービスのほとんどが試験版だし,使えなくなったとしても誰も文句が言えないというのも凄い。Google以外に,これだけ集中して利用しているサービスは他に思い付かない。皆様も利用してみては如何か。
先日,また新しいサービスを使い始めた。“
Google Sky ”である。“Google Maps”と同じシステムで,天体図を再現した天体観測サービス。“Google Earth”を使わずにブラウザ上で閲覧ができるようになったので,早速,嵌ったという次第。
ハッブル望遠鏡が撮影した画像なんかも見れるので堪らない。宇宙は広いなぁと改めて思ったりして。↓の画像はアンドロメダ星雲。美しい。
表示形式が“赤外線”“マイクロ波”“歴史的”に変更できるのも愉しい。それぞれの形式の画像を重ね合わせて表示できるので勉強するにはもってこい。理科の先生はほくほくだろう。★もほくほく。
単純に眺めて遊ぶだけでも面白い。表示形式を“歴史的”にするとまるで神話の世界のようで愉しい。御馴染みの星座や星を探してみては如何か。息抜きになると思う。嵌り過ぎないように注意。こういうのをロマンティックというのだろうか。
気になるのは,宇宙をどうやって画面上(2D)に表現しているのかということ。“Google Maps”なら地球の外側という絶対不動点を決められるけれど,宇宙にはそれがない。恐らく黄経0度を基準点にしているのだと思う。大宇宙のロマンである。
4月 30
とても暑い。5月ではないかのよう。昼間は熱風が吹いていた。もう夏か,と思いつつも風邪をひいたようで鼻をズルズルさせていた。御陰で喉が痛い。今年の春から,体調を崩すと鼻水が垂れるのは何故だろう。明日は静岡なので悪化だけは避けたい。と,書きながらも準備が終わらないので仕事をしている。 ペンシルヴァニア州を拠点に活動するLee Stoetzel 氏の作品がとても素敵なので紹介したい。木目が魅力的な彼の作品は全て木製。疵や割れのある木材を利用して製作を行なっているというのも粋だ。画像は,彼の新作のFixed Bike。画像では判らないが,座っている作者よりも大きな作品。
以下,転載。引用元は
コチラ 。
Juxtaposing nature with man-made objects, Pennsylvania-based artist
Lee Stoetzel uses woods chosen for their natural flaws to make
large-scale sculptures. In this video we visit Lee at his home studio
where he’s disassembling his life-size replica of a VW bus to transport
to an art fair. He also shows us his latest work―giant models of
fixed-gear bikes―and his workshop.
自転車好きじゃなくても日本人好みの作品ではないかと思う。ディスプレイしたいとは全く思わないけれど,作ってみたいと思う。木工はあまりしたことがないので,チャレンジしたい。 “VW BUS”とか“CHOPPER”も素敵。木だからちゃんと処理しないと保存はできないだろうなと思う。アイデア自体は新しくないけれど,構成力に関心。実物を観てみたいなぁ。ペンシルヴァニアはちょっとだけ遠いかも――
4月 17
何て素敵っ!!!!(こんなに連続で“!”を使うのは初めて)もう釘付け。引用元はコチラ 。
Ben Wilson の“Monowheel”。
東京ミッドタウン の
21_21DESIGN SIGHT で開催中の三宅一生ディレクション“XXI c. ― 21世紀人”という企画展で7月まで公開されている。と,書いてあるので観に行こうかな。
前から見ると,こんな感じ。当然,スタンドはない。
当然,シングルギア。フリーじゃなかったら死ぬね。
サドルはさりげなくBROOKS。素敵だ。
乗り方はもっと素敵。リカンベントを初めて見た時も驚いたけれど,それ以上か。
しかし,乗り易くはなさそう。公道を走ろうとはまったく思わない。自動車のタイヤと同じ高さは絶対に恐ろしい。制動も難しそうだし。ていうか,ちゃんと倒れずに走れるのかな?ジャイロ効果はスゴイだろうけれど。本人も乗るのに練習がいるって書いている。見れば解るって。
Monowheelを見て,Vガンダムのアインラッドを思い出すか,スチームボーイを思い出すかで世代が判る。前者は30代以上のガンダムオタク,後者は20代という予測だが如何か(そのまんまじゃん)。
さらに上の世代ならば,ワンダー3だろうか――全て解らない人は,まぁ,普通の人でしょう。
4月 07
“
DROP CLOCK ”で御馴染みの
中村 勇吾 氏が,“
プロフェッショナル 仕事の流儀 ”に出演していた。面白そうだなと思って観たのだけれど,期待していた程ではなかった。でも,中村氏のウェブデザインは単純に気持ちが良いので好き。
“JAMPACK”や“
BORDER ”に触れてみれば判るが,PCへの入力に対する反応が抜群に心地好い。インタフェースには心地好さが必要だ。★は“
MODELLER A ”がとても好き。まるで,大空をドッグファイトしているような感覚が素敵だ(実際にドッグファイトをしたことはないけれど)。
“
intentionallies ”やNEC“
ecotonoha ”も中村氏のデザイン。発想が新しいというよりも,現実に存在する動きがプログラムに乗っている感じ。生理的な懐かしさが魅力なのだと思う。ついつい重いのに“
amaztype ”を使ってしまう動機としては十分。
iPod touchのインタフェースも触っていて気持ちが良い。決して,新しい発想ではないし(技術的には新しいが),処理速度もいまいちなのに,ストレスを感じない。動作という出力に対するフィードバックが適切だからだと推測される。
例えば,マウスという入力機器がある。マウスは,マウス自体の平面上の物理的移動を,ディスプレイ上の平面上の動きに変換して使用しているので,マウスの性能によって動きの精度が変わる。普段,使っているには気付かないけれど,Photshopを使っての作業などでは気になる。精度が出ないとストレスになる。結局,モバイル用の小さなマウスを買ったのに,大きなマウスを持ち歩いてる(★だけではないはず)。
人間の感覚のオーダはそれくらい精度が高い。だから,人間の動作をそのまま機器に対する入力として使うと情報量が多過ぎて(少なくとも現時点では)処理できない。中村氏のプログラムの優れている点は,マウスやキーボードなどで入力された信号を起点にして動作することだろう。人間の動作そのものに対する処理ではない。
そこに操作者が制御しきれない出力を返してくる。ある程度は制御することが可能な点が上手い。まるで自然現象のようである。懐かしさを感じるのは,そのためだろう。精度がないから心地が好いと感じる訳である。人間の感覚は面白い。
何だか真面目に書いてしまった。いけない,いけない(何が?)。きっと新年度早々,バタバタしている所為だろう。人間同士のコミュニケーションの方が心地好くなるのは難しい。だから,面白いとも言える(無論,やせ我慢だ)。人間としてもっと気持ちの良い出力をしたいと思いつつも,なかなか難しい。
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