★は高い所が好きではない。

ということは,このBlogに既に何回か書いている。嫌いな訳ではなく,好きではないだけである。この辺りを間違えないで欲しい。どちらも同じではないかと言う人もあるだろうが,それ違う。“嫌い”と“好きではない”には大きな違いがある。
例えば,どうしても嫌いな人と仕事をしなければならないことはあるが,好きではない人とは仕事にもならない。花占いのようにノンパラメトリックにはいかない。
子どもの頃から高い所が好きでなかった。両親もそう言うので間違いないと思う。特別な理由はない。ありきたりなトラウマもない。地に足が着いていない状態が何となく好きではない。と書いて,自分の胸が痛むのは何故か(勿論,理由はひとつ自明だ)。
だが,保育園の卒園アルバムの“将来の夢”欄には“パイロット”と書いていた。少年がかくも無謀なる夢を描いたのには理由がある。そもそも“パイロット”という名詞は両親が教えてくれた言葉だ。当然ながら大人の言葉である。少年はただ飛行機が好きなだけで,それを操縦したいと思っていたに過ぎない。動機は単純かつ明快だ。だから,そう両親に言ったところ“パイロット”という単語が返ってきたのである。だから,少年の夢は“パイロット”となった。
少年は,飛行機が空高くを飛んでいるとは微塵も思っていなかったし,ましてや,自分が乗り込んで操縦すると思っていなかった。なぜなら,少年の身の回りの飛行機は空高く飛ぶことはなかったし,乗り込んで操縦できなかったからだ。近所の公園には通称“天馬”と呼ばれるプロペラ輸送機があった。勿論,これはもう飛ばない。だが,そのフォルムは少年を魅了するに十分だった。少年が愛した飛行機といえば,地面を走る物か,ゴムあるいは人力によって飛行(滑空の方が適切かも)する物かのいずれかであった。スネオ君のようなラジコン飛行機は見たこともなかった。
つまり,少年はそうした“身近な飛行機”を操縦したいと思っていただけなのだ。少年と両親の認識には大きな差があったのである。この誤解に気付いたのは★だけである。両親には今後も話さないだろう。コミュニケーションは深長である。
今から48年前,米空軍Joseph Kittinger大尉(当時)は,上空102,800フィート(約31km)から飛び降りた。この記録はまだ破られていない。瞬間最大時速で988km。地上に到達するまで僅か13分というから驚きだ。まったく重力加速度というヤツは馬鹿にできない(万有引力に置き換え可)。文字通り,命の重さを知る訳である。
その時に撮影された映像はとても美しい。特に,飛び降りた瞬間の青い地球が画面の中を何度も回転している映像が素敵。この高度になると,もう宇宙にしか見えない。因みに地球の大気と宇宙空間の境界は80-120kmと言われているので,少なくともまだ3/4足りない。
これだけ高ければ,好きとか嫌いとかは言えなくなると思う。そこにはただ青い地球が在って,その青に飛び込む。その瞬間を想像して,鳥肌が立つ。でも,少しだけ心地が好いのではないかとの予測がある。
勿論,★はいくら積まれても飛ばない。少年の頃の夢は金では買えないからだ。













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