3月 03

このところ急な発熱が多かったので,病院へ。疲労と風邪でしょう,とのこと。薬をもらって帰宅。かなり寒い。雪の予報は当たるのだろうか。安静にということなので,寝るか本を読むか。iPhoneのおかげでPCを開かなくていい。ひなまつりらしさは皆無。

子どもの頃はよくあったけれど,間接や筋肉が痛くなるくらいの発熱は大人になってからは少なくなった。けれど,このところ発熱では身体が痛くなっていたので,病気かもと思っていた。風邪で良かった(良くはないのだが)。

話は逸れるが,どうやって診断を決めているのだろう。診断の根拠を訊いてみたくなったけれど,変わった患者だと思われたくなかったので黙って帰ってきた。体調があまり良くない,ということかもしれない。いつもすることをしない,できないときは体調が悪い兆候だ。

Sound of Rain

近所の開業医に行くといつも思うことがある。スリッパが小さい,と。スリッパに7割ほどしか足が入らないと,それだけで何だか申し訳ない気分になる。なぜだろう。具合が悪いときにその光景を見るからか。診療スペースのパーテションにもよく頭をぶつける。

そこまで身体が大きい訳ではないのに,もう少し大きいサイズはないですか?と思うことがある。例えば,旅館の浴衣や健康診断のときに着る青い服など。学校に行った際のスリッパも,かなりの確率で駄目だ。★でそうなのだから,これからどんどんそう感じる人が増えるだろう。

一度,揃えてしまったものは,なかなか新しい規格に変えられないのだろう。古い物がすべてなくなるまでは新しい物は買いづらい。予算の問題もある。トゥリビアルな差異だけれど,一度でも快適な状況を知っていると,不快な状況に敏感になる。


トイレットペーパやインターネットも同様。一度でも快適な環境を経験してしまうと,元には戻れない。体調が良いときも同様。病気になると早く治りたいと思うのに,健康なときにはすっかり忘れている。小さな変化や変化の兆候に気付くことができない。スリッパのように客観的に測れれば良いのに,と思う。今日,この頃です。

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